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一番札所 寺社山 福隆寺
天平8年(736)、行基菩薩が諸国修行の折り、当地で、御丈2尺4寸の千手観世音を彫刻し、
草堂を建てて安置したとされている。
【詠歌】柳島 ねがひをかけて くる糸の たへぬちかひを たのむものかな
■阿賀野市寺社甲1853 TEL (0250)68-3367 |

■阿賀野市草水751
TEL 0250-68-3705 |
 二番札所 臨澤山 観音寺
応仁2年(1468) 月窓禅師により開山
された。本尊聖観音菩薩は行基菩
薩の御作。
【詠歌】草水を わけてたづぬる 月
かげの観音寺裏の 鐘のひとこゑ
※上杉景勝は毎年、心字池を参拝 |

上杉謙信墓所 |

心字池 |

■阿賀野市駒林1768
TEL 0250-67-2704 |
 十六番札所 桃源山 養廣寺
天文元年(1532) 曹洞宗蓮華寺と改
宗、改名している。寛永4年(1627)
養広寺と改名される。
※直江謙続が下条駿府守に追悼碑の
紺紙金泥金剛般若波羅密経一巻と
枳木一斤(香木)と方金千疋が送られる |

紺紙金泥金剛般若 |

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十七番札所 玉峰山 西福寺
京ヶ瀬村小河原の地にあった。天文13年(1544) 現在地に移転、西福寺として創立された。
【詠歌】玉木はる其のうき時をいのるにぞ 西をしる辺に参る寺かな
■阿賀野市下条町5-23 TEL (0250)62-2520 |
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十八番札所 百津の観音堂
堂は、多賀浮洲神社の境内に、社と並んで建っている
【詠歌】ももたびも百津の森のみ仏に 参るこころはあく時ぞなき
■阿賀野市百津町6-17 |
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十九番札所 台現山 鑑洞寺
水原町の植木安右衛門という人が、両親菩提供養のため、天明2年(1782) 建物、田畑などを
寄進、開基したとされる。
【詠歌】春はただ小笹まじりの岡の辺の 千草の花や錦なるらん
■阿賀野市笹岡1390-1 TEL (0250)62-5391 |
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二十番札所 五頭山 華報寺
大同元年(806) 空海上人が北陸巡教の折、当地に滞在、五頭山を開き、山麓に堂宇を建立さ
れたものとされる。
【詠歌】尋ね入る 出湯の山路の 奥深き 峰よりはるる五頭の夕
■阿賀野市出湯794 TEL 0250-62-7612 |
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二十一番札所 慈鳳山 釈尊寺
昭和7年(1932) 頃、笹神村勝屋にあった普門庵が当地に移転。
その後、昭和34年(1959) 寺名を釈尊寺と改めた。
【詠歌】下の橋 庵のおはす 観世音 救いまします
つみもやまひも
■阿賀野市下の橋264-2 TEL 0250-67-2322 |
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二十二番札所 女堂の観音堂
この観音様は、天正元年(1573) 八森城主が、狩りに出た折り、地中から発見したとされ
ている。
【詠歌】女堂 三つも五つも 八つ森の 西へ行く身はさわらざりけり
■阿賀野市勝屋1747 天樹寺 TEL 0250-63-9469 |
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三十番札所 鷲林山 徳昌寺
大鷲が棲息して乳児を攫っていた犠牲となった乳児たちの霊を慰
めるため、小庵を建てて供養したと伝えられる。寛永五年(1628)
高橋家が私財を投じて一寺を建立、鷲林山徳昌寺と号した。
【詠歌】鷲の山 暁ごとに鐘の声つねにうき世の夢ぞさめけり
■阿賀野市村岡1386 TEL 0250-63-9191 |
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三十一番札所 金峰山 東陽寺
越後少将忠輝公の家来、小林茂介信治のちに出家して水原長楽寺十世超岸元悦禅師が
寛永16年(1639) 開山したと伝えられる。
【詠歌】芦苅りし 浪花の浦を よそにして 参る仏の縁は飯塚
■阿賀野市船居1117 TEL 0250-63-8254 |
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三十二番札所 祥瑞山 大雲寺
元和4年(1618) 長楽寺十世超岸元悦禅師により開創された。
白鳥で有名な瓢湖の傍らに建つ寺院。
【詠歌】紫の 雲のうてなも よそならん 此の大寺に参る我が身は
■阿賀野市外城町14-26 TEL 0250-62-2740 |
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三十三番札所 能満山 長楽寺
過去数回の火災に遭い、殊に明治15年の火災では、記録は
すべて焼失しているが、文安3年(1446) 大庵梵守禅師により
開山されたと伝えられる。
【詠歌】谷汲みの流れも同じ 水原にをさめてかへる肩のおひづる
■阿賀野市北本町4-41 TEL 0250-62-4321 |
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